昭和52年02月22日 朝の御理解
御理解 第12節
「神に会おうと思えば、庭の口を外へ出て見よ。空が神、下が神。」
お道の信心で神様はと言うたら、庭に出てみなさい。空が神ですよ。下が神ですよ。なら金光教で言う神様は、ならその天地をまあ神様として拝むんだな。と言う事が分かっただけでは、この教えは生きてこない。ただ説明だけではできん。その神様を神様と感じれれる交流がなかならければ、いかに天地が神様だと言うて分かっただけではおかげに繋がらない。お徳にも繋がらない。
その天地と通う。天地と交流すると。そして初めて成程天地が神様だなと言う事になるのです。だから説明だけ聞いて、ああそうかともう分かった様な積りでおる。信心すべてがそうです。教えをいっぺん聞いて、ああなるほどそうだなと。もっともだと。金光教の信心はそう言う事かと。分かっただけでは何にもならない。いわゆる宗教学者に終っただけでは何にも信心の値打ちはないのです。
でその神様との交流、そしてそこからその交流する時のルートを辿って人間幸せのすべてが頂けれるほどしのおかげの交流ともなってこなければならんのです。そこでやはり、その、会いたい、会いたいという一念。ほんとの神様が分かりたい。田主丸の石井、むつやのお母さんですね。石井清子さんが亡くなられた時、もうあれほどしの信心を、もうそれこそあれほどしの信心をしておられた。
もう亡くなる寸前まで倒れ転びされんばかりにして、やっと信司さんに手を引かれてお参りして来られておった。ご用もそれこそおかげで合楽が立ちますと言う位に、当時の椛目が立ちますと言う位な御用も頂き頭であった。それが亡くなられた。分からないどういうご神慮か分からない時にこれは、私が神様への、まあ言うならば切実心ですけれども、「天地の心知りたし道あらば、示せ天地己が心に。」
というまあ、これは私のどういう訳石井清子さんがこんなに早死にしなければならない訳があったんですかと。その訳を分らして頂きたい。そのわけが知りたい。その切実心がね、私はいると思うです。弟が戦死の公報を受けた時もやはりそうでした。七年間も兵隊に行きずくめに行っておって、もう引き揚げ船で今度の船でか今度の船かと言うて、家族の者は待ちわびておるところへ来たのは公報であった。しかも終戦十五日前という。八月の十五日に終戦になっとる。
その七月の三十日に戦死したと言うのです。もう十五日ぐらい神様どうにかならなかったでしょうかと言いたい所。知りたい神様の心が分かりたい。神様の心が分かればこの胸も治まる。そんな思いで御本部の月参りを始めて、いつも聞いて頂くように、神様から一言も何も頂きも、訳も頂かなかったけれども、行きと帰りとの心の状態が変わっておった。行きがけにはどうしてどうしてと言う思いばっかりであったのが、ほんとに神様がこうしてほんとの神様を解らして下さるんだというのが帰りの私の喜び。
どこから湧いてくるのか分からない喜び。もうそれこそ汽車などはもう窓から乗ったり降りたりせんならんほどの混雑の時代です。席があることが有り難い。席を人に譲ってあげる事が有り難い。車窓から眺める丁度稲田がまあ青々としこっておる所でしたけれども、車窓から眺める、その稲田を見ても有りがた涙がこぼれる。分からない。やはりどうでも分かりたい。知りたいやっぱり天地の心知りたし道あらば、示せというその心に神様が、心の上にああこれが神様の心、神様これがまあ言うならば。
御神徳とでも言うのであろうかと。どうしてどうしてとこう無念、残念情けない思いばっかりのが神様がこうして有り難いものを与えてくださろうとするというそれがわかる。むつやの石井さんの亡くなられた時も取次ぎをさせて頂く私としてどうして、あれほど熱心な信心、あれほど言うならば当時の椛目にとっても良い信者さんが、亡くなられるとはどういうわけかと言うわけです。
ただ神に会いたいといやあ、天地外へ出てみなさい。外が上が神だ下が神だと言うその神様では何にもならん。ああそうかと分かっただけの。その神様と交流する。実感として、その天地が神様として感じられる。為にはその前にね、それこそほんとにほんとの神に会いたい会いたいという、一念が燃えてこなければならない。その切実心が神に会うたとたんに言うならば神様と交流する働きが生まれて来ると思うですね。昨日丁度研修を致しております時に、手紙がまいりました。学院の井上君からの手紙です。
今度、ここにも学院生が何人も見えておられましたように、ここの学院生は全部大阪の泉尾教会に参りました。で泉尾教会で大変おかげを受けた感動を綴ってきておるわけでございます。読んでみましょう。親先生、日々ありがとうございます。合楽の学院生全員すごく健康で頑張っております。また、松下君、西浜君か、田中君3名も見違えるほどの、ここに修行に来ておった三人の事を言っておられんですね。見違えるほどに信念をおみやげに帰りつきました。
今日夜合楽理念の問題で学院寮は持ちきりです。親先生のお祈りの中で、泉尾教会実習は5名の者、それぞれに大変なおかげをこうむらせて頂きました。親先生のみ教えと全く同じお話がいくつも出てまいりました。次の通りです。一つ親に孝を尽くされた事。一つ人の助かる為の宗教である。一つ老人を心から大切にさせて頂く事。出来る事なら一晩一緒に休んであげたいと。このへんのところが泉尾の先生たるところですね。年寄りを大事にすると言う所ですけども。
ほんとに出来るなら、その年寄りを抱いて寝たいっちゅう。あたくしがあの年寄りのこうしわがよった手を見ると、そこばあつこうて、こうもじゃもじゃしてやろうごたる感じと、まあよくにておると思うですね。もうしわがれ爺さんやら婆さんやらと言うて、まあ敬遠する中に、出来ることなら、その年寄りを抱いて寝てやりたい。もうこれは実感でしょうね。先生の。
ちょっとの事でもいいかげんにしない姿勢。次起きてくる事はみな修行で受ける。神愛と受ける。人が育つ事の為のお広前である。教会布教にはおかげの実証が絶対の条件である。一つ不可能を可能にする心をせよ。修行は使命感を持て。修行には使命感を持てとね。行ずる事が楽しくて楽しくなってくる。取次者はきちっとしておらなければならない。服装頭髪。これも私と同じような事だと。今読んで頂く事、皆さん心になるほどなるほどと合点して行かなければならんとですよ。
私が言っておる事と、先生が仰っておる事が同じでしょうが。私がうちの学院生なんかに、信者にも言うです。金光様の先生なら先生らしゅうしなさい。雀の頭ん如しとったらいかん。黒衣ひとつ着るでも着方がある。きちっとしとかないけん。これは、信心させて頂く者も同じです。エプロンがけでどん参って来ちゃでけん。とまあ言う訳なんですね。服装頭髪身の回りの一切。食事他の作法という形でありますね。人間の欲のすべてを信心でコントロールする。
信心とはより本当の事。もっと真実なものであるとする姿勢である。この様な言葉が繰り返し繰り返し出てまいりました。私達は、泉尾教会を鏡にして合楽教会をよりはっきりと頂いた気がいたします。なお私の持っておりました親先生のお写真を泉尾教会、三宅としお先生にお見せいたしましたところ、座りなおしてそれに合掌してご覧になりました。そうして、何か合楽の、そうですか合楽の親先生ですか。有難いお顔でいらっしゃるお若い、ほんとにお若い。
真に60歳すぎておられるほどのお方とは見られるとは、(何か分からん。)あなた方がここへ来たことでのきっかけが頂けました。私はじっくりとお話がしてみたい。今からでも良い。明日でも良い。青年のように燃えたぎる潮のお方。是非お話がしたい。長い事写真を手に取られて、繰り返し繰り返しそうおっしゃるお姿に、涙が出て困りました。またこの時ほど親先生をほこりに思った、合楽の修行生である事を、ほこりに思った事は今までありませんでした。
これから先、だいぶまだあります。あの阿部野の教会に一日参りました時なんかは、もう合楽の修行生と聞かれたらもう、それこそ大変持て成しを頂いて帰りには、泉尾教会の、泉尾教会に行く前に行っております。だからあちらから何か外車の大変な素晴らしい車2台でわざわざ送って頂いたと言った様な大変なお持て成しを頂いた。と言う様な事もほんとに、合楽の修行生であるおかげでと言う様な事を言ってきておりますが。私これも少し見たけど、中々読みずらい字ですからスラスラ読めませんけど。
あの合楽の先生が言うておる事。泉尾の先生が言っておること、があまり同じであると言う事にビックリして、合楽で修行さして頂いておることを、ほんとに有難いと思うていくことがだいたい申しました。同時に先生がその私の写真を眺めてから、そのしかもいつまでもいつまでも眺めてから、繰り返し仰った事はどう言う事かというと会いたい。とにかく今からでも明日にでもいいから会いたい。そのまま切実なものですね。なら私もそうです。今日はここんところを聞いて頂きたかった。
ほんとにその会いたい。もう今からでも行きたい。もし許されるなら。明日でもいい。と言う様なあの切実心。そしてそこに私と三宅先生との出会いにもしなった時、のことを思う時にそれこそ劇的は対面が出来ることであろう。言わば何かが行動せずにはおかんだろうというふうに思いますね。だから庭の口を出てみよ。空が神下が神。なるほど出て説明を受ければ、ああそうかと分かっただけではいけないこと。それまでにはね、会いたい会いたいの一念を燃やしておかなければならないこと。
ほんとにこの世に神様がござるのだろうかと。ほんとに天地が神だろうかと。そんならばどうして神様がござるのに、こういう難儀な事が起こるのだろうか。いや信心しておってもこういう悲しい事が起こると言う事はどう言う事か。それをですいいかげんにせずにやはり、切実心を持ってほんとの神様に会いたい、出会いたいという一念を燃やして始めて天地との交流がある。その天地のと交流その元をたどっておかげが頂ける。御神徳が受けられる。と言う事になるのであります。
私は今日この12節というのは、金光教で言うところの神観です。金光教では神をどう見るかと。金光教では天地を神として拝むんだと。大体言うたらこの12節は、それだけの事の説明と言うても良いくらいです。けれども私思うのですけれども、それをねおかげの頂けれる、お徳が受けられ頂き方をしなければならんという、言うなら合楽の頂き方なんです。だから、神と思うただけではつまらん。会うて頂かなければならない。交流しなければいけない。
為には私は、信心の情熱というものを燃やさなければならない。そして、泉尾の先生が、私くらいな者の事を、ここの修行生から聞かれて、しかも写真を手に持っていつまでもいつまでもしかも座りなおしてごらんになったと。そして会いたい。この先生といっぺん会いたい。もう今にでも明日にでも会いたい。そのへんのところが素晴らしいじゃないですか。私が長年言うならばあこがれておった。
阿部野の先生もう二十年間から、言うならばあこがれておった、あるヒントを頂いて、私と家内と高橋さんと三人でもうとにかく、もう会いたいの只会いたいの一念で、大阪に参りました事皆さんもご記憶でありましょうけれども。それこそ阿倍野の先生の一番、もう有難い50年という記念祭を仕えられたその翌日であったという。そしてまあいろいろな大変な信心のお土産を頂いて帰ってきたわけですけれども。合楽の信心がまたこの変わったほどしにおかげを頂いて参りましたようにです。
その会いたい会いたいを十何年かですかね言うならば。初めて御本部でお会いした時の、そりゃあものひとつ交わしたわけじゃないけれども、ただ金光様に有り難うございますとお礼を言うておられるその一言を聞いた時に、あの有り難うございますがどこから出るだろうかと。その事に言うならば私があこがれの念を持っておって、会いたい会いたいの一念が十何年ぶりにわざわざこちらから行って、もうその朝お知らせを頂いて、その朝のうちに私は飛行機で立ちましたんですからね。
泉尾の先生がいっておられるのも、それこそ許されるならば今にでも明日にでも行ってみたい。会うてみたい。そういう思いを先生も持って下さる。私も持つ。そういうものがそこに、お許しを頂いて何かの機会にお会いする事が出来た時に始めて会うだけではなくて、交流するものがあるんだと言う事です。神に会うたただお参りをしたと。そして神様とはそういう方ですかというだけじゃなくて、その神様と交流する事の為に、ほんとに分からないところがあるなら分かりたい分かりたいとね。
天地の心知りたし道あらば、示せ天地己が心にと言う様な切実心を燃やしておくとです、それこそ笹の動いたその弾みに、蓮の花がパッと開いたその瞬間に言うならば、悟りが開けると言うております。やはりそれを求め続けるその切実心がいるんです。神に会いたい。と思えば庭の口を外へ出てみよ。空が神下が神。合楽の先生に会いたいと思えば合楽のお広前に行ってみよ。ちゃんとあそこへ座ってござると。と言うただけではいけんでしょうが。その先生のどこからああいうものが生まれてきておるのだろうか。
いっぺん会いたい。そのチャンスを頂きたい。と祈りに祈り思いに思うて始めて言うならば、交流と言う事になるのです。5人のここの修行生が、泉尾には十五日間。行く前に阿部野の教会に一日間お世話になって、しかも大変なお持て成しを頂いて、そしてしかもその車で送ってまで頂いたと言うておる。私とあべのの先生の交流がそういう働きまでなってきておるんだ。ほんとに私が皆さんいつも聞いて頂くように。泉尾の先生のほんとに一言一言がどういう意味であろうかといつも研修のならここで。
まあ題材になっております。泉尾の先生のどこからあれだけの信心が生まれるであろうかと。こちらが思う前にいや思うておる事が通うておる証拠に、私の写真を手に取られたとたんにこの人と会ってみたい。今日にでも会いたい、明日にでも許されるなら行って会いたい。と言った様なね、その切実心と切実心がこの会う時に始めて交流と言う事になる。交流と言う事にならなければおかげにはなりませんしね。お徳にも勿論なりません。
どうぞ。